シャンソン喫茶のアルバイトをしていた苦学生は、いかにして売れっ子作詞家になったか? なかにし礼の自伝的小説『黄昏に歌え』には、立身出世ストーリーの面白みがある。
華やかな芸能界と実兄が原因の借金地獄とのはざまに暮らす若き日の著者。物語は、現在と過去を行きつ戻りつ進む。古本というにはまだ早く、週刊朝日の連載(2004年〜)でご記憶の方も多いはず。昭和を代表するヒット曲誕生の秘話、石原裕次郎や美空ひばりといったスターたちとの交流、時代の寵児たちがつくりだす都会の喧騒などが鮮やかな筆さばきで描かれている。
ザ・ピーナッツの「恋のフーガ」の創作話はとくに引き込まれた。♪追いかけて〜、追いかけて〜 の歌い出しでおなじみのこの曲。双子の女性歌手がふたりで歌う。主題は逃げ、応答は追いかける。それはまさに、バロック音楽の<フーガ>の形式であり、小道具として歌詞に登場する<真珠の指輪>は、バロックの語源が歪んだ真珠だからだと明かされる。読んだ瞬間、頭がよくなったような錯覚に陥ってしまった・・・。作詞のメカニズムを知るなんて、詩人の思考回路をバーチャル体験するみたいな興奮だった。
スランプを経て誕生した「時には娼婦のように」を、なかにし礼は、高尚な詩だという。過激な表現ゆえに放送禁止になりつつも、大ヒットを獲得。当時の小学生も口ずさんだ。流行歌には、目には見えない本物の輝きが隠されている。優れた選者は、大衆である。そんなことを考えさせられる、プロの仕事本だった。
ちなみに、「ドリフのズンドコ節」もなかにし礼の仕事。